言葉 & reading

時間と戦えない怠け者の戯言

呼称で問われる双方の品性

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今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

おじいちゃん・おばあちゃん、おじいさん・おばあさん、じいさん・ばあさん、じじい・ばばあ、等々、老人には様々な呼称がある。

 

日々の会話でも知らず知らずのうちに使い分けている呼び方、おじいちゃん・おばあちゃん と呼ばれる御老人にはどこか愛嬌があるし、おじいさん・おばあさん であれば、洗練された佇まいで立派な人柄を想像する。

 

それに比べて、じいさん・ばあさん はどちらかというと他人行儀でちょっと得体の知れない高齢者に対して発することが多く、じじい・ばばあ、は相手を侮蔑している、または罵声を浴びせる時に使われることが多いと思う。

どの呼び方も、呼ぶ側の品性によっても本質がかわるところが面白い。

親しい間柄の老人に対して じいさん・ばあさん という事はあるし、言葉使いが悪い人だとそれがさらに砕けて じじい・ばばあ というときもある。

逆に一般的にはおじいちゃん・おばあちゃん、おじいさん・おばあさん、と呼ばれることが多い老人でも、呼ぶ側の品性の質が低かったり、特別な怒り、憎しみ等の負の感情を相手側に抱かせている場合は、じじい・ばばあ、と呼ばれる事もある。

 

今は70過ぎても働いている元気な御老人がたくさんいる。働いている人は本当に頭がしっかりしていて会話も明瞭だったりするのでいつもそういう方々に会うたびに関心してしまうが、いくら人生100年時代といえど、健康面の衰えは否めない。本人がいくら気をつけていても病気になるときはなってしまうし事故に遭う事だってあるだろう。

しかし痴呆や、健康寿命の面を考えると働くって悪い事じゃなくむしろ良い事だ。個人的な意見ではあるが、しっかりしていると感じる人は、その人にとってちょうどいいストレスがかかる程度の仕事ができていたり、ハードであっても情熱を持って好きな仕事をできていたりするからだと思う。働いていない人はその働いている人や家族の身の回りの世話をしていたり、持病を持っていたりとレベルは違えど各々事情があるから一概には比べられないが、働いていなくても趣味があったり、仕事と同等のレベルの家事等の作業を楽しくこなし、日々メリハリのある生活ができていればいい。できる範囲で楽しみをみつけて高齢だからと諦めずに何でも試してみてほしい。(趣味ブログなんかとてもいいと思います。)

 

これから日本は超高齢化社会まっしぐらなので、高齢者の力もますます必要になってくるだろう。それにより深刻な問題も待ったなしで迫ってきているがネガティブに捉えすぎず、老若男女共になるべく綺麗な言葉で誤解のないようにコミュニケーションをとって助け合いながら過ごしていけたらいい。そしてそのうち私も死なない限り高齢者の仲間入りする予定なので、その時は嫌な意味でのじじい・ばばあ と呼ばれないように相手の話に耳を傾られるような余裕のある老人を目指したい。

 

最後に、私は捻りのない呼び方をしているので本当に嫌な奴にしかじじい・ばばあは使わない、ということを書こうと思っていたが、思春期に使っていた、そもそも当時老人でもなかった母親に対してクソババアと…。反抗期というやつが自分にもあったんだった!

その節は誠に申し訳ありませんでしたお母様。

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